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札幌高等裁判所 昭和62年(ラ)30号 決定 1987年8月31日

抗告人

高井康仁

右訴訟代理人弁護士

近藤康二

相手方

株式会社エスコリース

右代表者代表取締役

平山秀雄

右訴訟代理人弁護士

荒谷一衛

鷹野正義

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

1  一件記録によれば、本件訴訟(札幌地方裁判所昭和六一年(ワ)第二五八二号損害賠償請求事件)は、札幌市に本店、東京都その他に支店を有する相手方(原告)が東京都に事務所を有する抗告人を被告として提起したものであり、その請求の要旨は、機械等のリースを業とする相手方が公認会計士である抗告人との間で、株式会社ミロク経理(以下単に「ミロク経理」という。)から買い受けたミロクオフィスコンピューターシステム(ミロクスーパーパワーL)一式(以下「本件リース物件」という。)のリース契約(以下「本件リース契約」という。)を結んだところ、抗告人がリース料の支払を怠つたとして右契約を解除し、リース料残額相当の損害金の支払を求めるものであることが明らかである。

2  民事訴訟法三〇条に基づく移送申立てについて

(一)  <証拠>によれば、抗告人と相手方との間に取り交われた本件リース契約書の裏面には契約条項が印刷され、その第一五条には、(管轄裁判所)として、「甲(抗告人)・乙(相手方)および連帯保証人は、このリース契約についてのすべての紛争は札幌地方裁判所を管轄裁判所とすることに合意します。」との文言が印刷されていることが明らかである(以下これを「本件管轄条項」という。)。

(二)  抗告人は、まず、本件リース契約の申込みが相手方に到達する前にこれを撤回したと主張するところ、<証拠>によれば、抗告人が株式会社エムコ(以下「エムコ」という。)に対し、昭和六〇年五月三一日エムコ・コンサルタント支所事務所加盟契約及びミクロスーパーLにかかるリース契約の申込みを撤回する旨の通知を発し、右通知は同年六月三日にエムコに到達したことが認められる。

そこで、エムコが本件リース契約につき相手方から代理権を与えられていたか否かについてみるに、<証拠>によると、抗告人はエムコとの間にエムコ・コンサルタント支所事務所加盟契約を締結したものとうかがえるところ、右契約に係る契約書には、抗告人等エムコの主宰するコンサルタント事業組織に支所コンサルタント事務所として加盟する事業者は、本件リース物件であるミロクオフィスコンピューターシステムを設置するものとし、そのリース開始初回月から六箇月間の月額リース料金と同額をエムコが右加盟者に援助する旨の条項が置かれていることが認められ、また、<証拠>その他本件記録によると、相手方とミロク経理とは、ミロク経理の販売する商品を相手方が買い取り、ユーザーにリースすることに関し業務提携契約を結び、ミロク経理をリース契約の取次店としていること、エムコはミロク経理の代表者などが出資して設立された会社で、ミロク経理の代表者が取締役(会長)となつているものであるが、ミロク経理と業務提携し、ミロク経理コンサルタンツ機構と称しており、本件リース契約の締結にも相当関与しているとうかがわれるのであるが、現段階における資料をもつてしては、エムコが本件リース契約の締結に関し相手方を代理する権限を有していたものとはいまだ認め難いところである。

そうすると、抗告人のこの点に関する主張は採用できない。

(三)  次に、抗告人は、本件リース契約はリース物件の引渡しが現実になされた後に成立するものであるところ、抗告人はいまだ本件リース物件の引渡しを受けていないから、本件リース契約は不成立であり、管轄の合意も不成立であると主張する。

<証拠>によると、本件リース契約書の契約条項第一条には「乙(相手方)から初回金支払予定日までにこの申込みを受諾する旨の通知があつた時は、表記記載の条件と以下に定める内容によつてリース契約が成立するものとします。」旨の条項があり、<証拠>によると、相手方は、抗告人に対し、昭和六〇年六月五日付で本件リース契約の申込みを引き受ける旨のお引受け通知書(初回金支払予定日は同年七月一〇日)を発送していることが認められ、本件リース契約は、ユーザー(甲)からの申込みを受け、相手方(乙)がこれに右お引受け通知書によつて受諾の意思表示をすることによつて成立するものとされていることが認められるのであつて、本件リース契約書の契約条項の前文には、ユーザー(甲)は、売主から引き渡されたリース物件について、以下の条件により相手方とリース契約を締結することに合意する旨の文言があり、その第四条には「リース物件について甲はその検査を遂げ、完全な状態で売主から引渡しを受けたことを確認する」旨の条項が置かれているが、これらからリース物件の引渡しがなされるまではリース契約が成立しないと解することはできない。むしろ本件リース契約は、右のとおり相手方のお引受け通知書の発送による受諾の意思表示によつて成立しているものと解されるのであり、管轄の合意についても、右のような物件の引渡しをめぐる紛争も含め、本件リース契約に関する当事者間の紛争についての管轄裁判所について合意したものと解するのが相当である。

(四)  次に、抗告人は、札幌高等裁判所昭和四五年四月二〇日決定(下民集二一巻三・四号六〇三頁)を引用して、本件管轄条項はいわゆる付加的管轄を合意したものと解すべきであると主張するが、右判例は保険約款の中に管轄条項が規定された事案に関するものであるところ、保険会社の集団的な取引に画一的に適用され、商慣習上、個々の保険契約者の知、不知を問わず原則としてこれによつて契約が締結されたものと解されるものであつて、その条項も多岐にわたり、詳細、周到を極める保険約款の場合と、本件リース契約の合意管轄条項とを同一に論ずることはできない。そして、<証拠>によれば、公認会計士たる抗告人が本件リース契約書にその意思に基づいて押印したことが認められるのであるから、特段の事情のない限り、本件管轄条項を含め本件契約がその意思に基づくものと認むべきであり、本件管轄条項はその文言、法定管轄との関係等にかんがみて解釈すべきである。

(五) そこで、本件管轄条項の趣旨について考えてみるのに、前記文言のみからでは必ずしも競合する他の法定管轄裁判所を排除する趣旨が明示されているとはいい難いが(もつとも、すべての紛争としているので、専属的な管轄合意を志向する意図をうかがうことができる。)、競合する法定管轄裁判所のうちの一つを特定して管轄裁判所とすることを合意した管轄条項は、他の裁判所の管轄を排除する趣旨が明示されていなくても、特段の事情がない限り、専属的な管轄裁判所を定めたものと解するのが相当である。そして、<証拠>によれば、本件リース契約に係るリース料は、JCB経由の口座振替による相手方あて送金払の約定であつたことが認められるから、本件リース料ないしこれに代わる損害賠償の義務履行地は、当事者の意思表示により札幌市と定められていたものというべく(商法五一六条一項)、本件リース契約に係る取引が相手方の東京支店においてなされたか否かにかかわらず、義務履行地は札幌市というべきであつて、本件管轄条項は法定管轄を有する裁判所の一つを特定したものとみることができるから、特段の事情のない限り、札幌地方裁判所に専属的な管轄を定めたものと解すべきである。

(六)  そうすると、札幌地方裁判所に管轄が存しないことを前提とする抗告人の民事訴訟法三〇条に基づく移送の申立ては理由がない。

3  民事訴訟法三一条に基づく移送申立てについて

(一) 専属的な管轄の合意がある場合であつても、訴訟につき著しい遅滞を避けるという公益上の要請があるときは、受訴裁判所は、民事訴訟法三一条により当該訴訟を他の法定管轄裁判所に移送することが許されるものと解するのが相当である。そして、本件において、抗告人が移送を求める東京地方裁判所に被告の普通裁判籍所在地としての法定管轄があることは明らかである。

(二) 一件記録によれば、本件訴訟の現段階では、いまだ当事者双方の主張が十分尽くされていないけれども、相手方の本訴請求に対し、抗告は、本件リース契約の申込みの撤回あるいはリース物件引渡し未了によるリース契約の不成立を主張し、あるいはこれらに関連してリース料支払義務の不履行責任を負わない旨を主張するものと予想され、これらの点が本件訴訟の争点となるものと予想される。また、本件訴訟では、いまだ当事者双方とも証拠の申出をしていないけれども、人証として、相手方は、本件リース契約締結当時の相手方の東京支店長、同副支店長、同支店勤務の当時の担当職員二名、相手方の本店管理部長、同代理、同経理係長を申請する予定であると言明し、抗告人は、右当時の相手方東京支店長、同支店職員二名(以上は相手方申請と同一証人)、ミロク経理、エムコの各代表取締役、ミロク経理の破産管財人及び抗告人本人の申請をする予定であると言明しているところ、これらのうち適切な者を証拠決定することは本案裁判所の職責であるが、一応これらの証人等について考えてみると、これらのうちミロク経理の代表取締役は川崎市に、エムコの代表者は横浜市に、当時の相手方東京支店職員のうち一名(女性)及び抗告人は東京都に、それぞれ居住ないし勤務していると認められ、ミロク経理の破産管財人も東京都又はその周辺に居住しているとうかがえるが、他の者はいずれも札幌市に居住していることが認められる(相手方の当時の東京支店に勤務していた者も、前記女性一名を除くと、すべて転勤により現在では札幌市に居住するに至つている。)。そうすると、これら証人等の尋問の実施その他の事情を考慮するとき、本件訴訟を札幌地方裁判所で審理することにより著しい遅滞を生ずるものと認めることは困難である。

(三) そうすると、抗告人の民事訴訟法三一条に基づく移送の申立ても理由がない。

4  よつて、抗告人の移送申立てを却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井 俊)

別紙 抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 本件訴訟を東京地方裁判所に移送する。

抗告の理由

一 原決定の(民事訴訟法第三〇条による移送について)

1 原決定は、疎甲第一号証をもつて、抗告人(申立人、以下便宜上、「被告」と称する)と相手方(以下、便宜上「原告」と称する)との間において昭和六〇年六月五日本件リース契約が成立し、併せて、右契約に係るすべての紛争についての管轄裁判所を札幌地方裁判所とする旨の合意が成立したことが認められるとしている。

2 ところで、原告の契約成立に関する主張は、「本件リース契約は、原告とミロクの業務提携にもとづくもので、ミロクは、契約取次店として原被告間のリース契約を媒介したものであり、原告はリース契約書表面下段売主欄にこの旨を明確に表示して広くユーザーに告知している」ということに尽きよう。

3 しかしながら、まずもつて、原告が契約が成立したと疎明する甲第一号証と複写式となつている乙第六号証をみれば、甲第一号証とは明らかに異なり、「売主(契約取次店)」の表示がないことからして、原告のユーザーである被告に対して告知をしているとの主張は理由がなく、したがつて、被告はミクロに対し、本件リース契約の契約媒介を依頼したことは認められない。

かえつて、疎乙第九号証、乙第一〇号証からすれば、本件リース物件ともいうべき「ミロクスーパーL」に関するユーザーたる被告に対する売主はミロクではなくエムコであることが認められる

とすれば、本件リース契約は原告のいうように「原告と業務提携をしているミロク」ではなく、「原告と業務提携をしていないエムコ」によつて締結されたものであることが明らかであり、そもそも、原告の主張をもつてすら、原被告間に契約が成立したとは認め難い事案なのである。

したがつて、疎甲第一号証によつて「原被告間に本件リース契約が成立」したことを前提として、移送の申立ては理由がないとした原決定は誤りである。

二 原決定の(民事訴訟法三一条による移送について)

1 まず、原決定が、リース契約書記載の第一五条の解釈につき、専属的合意管轄の定めと解するのは困難であると判断したことは評価して良い。しかし、本件を東京地方裁判所に移送しなければ著しい損害または遅滞が生ずると認めるに足りる事情は存しないとしたことは誤りである。

2 もともと、原告は、右第一五条について専属的合意と主張していた。これは、約款(附合契約)における約款作成者の意思のみを優先したものに他ならない。つまり、企業たる原告の本店所在地の裁判所での訴訟を強い、原告にとつてのみ便宜で、相手方に一方的に不利益を強要する不公平なものである。まして、本件は、商人対商人の個別取引にもとづいてなされるものとは異なり、原被告両者間には取引社会における地位につき懸隔がある事案である。

したがつて、移送を考慮する場合においても、右の懸隔は充分勘案されなければならない。

ところが、原判決はこの配慮が全くなされていないのである。のみならず、原決定は、「相手方の東京支店従業員三名については……相手方が決定に係る証人を当裁判所に同行することが明らかである」として原告の便宜または利益のみを優先している。

3 ところで、現在の東京―札幌間の交通事情等からして、札幌地方裁判所で審理がなされた場合の被告の出捐は、口頭弁論期日(人証等の調べを除き)一日につき、訴訟代理人に対し、

(1) 東京―札幌間の往復航空運賃 金四万六、〇〇〇円

(2) 新橋―羽田空港往復運賃 金八二〇円

(3) 千歳空港―札幌市内往復運賃(バスを使つたとしても)金一、四〇〇円

(4) 弁護士出張日当 金三万円あるいは金五万円

の合計金七万八、二一〇円あるいは金九万八、二一〇円要することになり、第一審の口頭弁論期日が仮りに一〇回(原被告からの控訴等があれば、また、付加されることは当然)要したとするば、金七八万円から金一〇〇万円程度要することとなる。原決定が「訴訟物の価額等にかんがみれば……」といわれる意味内容は不明なるも、仮りに、被告が本訴で勝つたとしても、現在の民事訴訟法上では、被告が要した弁護士報酬は原告から支払いをうけることは不可能に近く(不法行為にもとづく損害賠償は本件のような場合、なかなか認められない)、さらに「訴訟費用は原告の負担とする」とされたとしても、右被告の出費は十二分にカバーされないのが遺憾ながら我が民事訴訟法規の定めなのである。

とすると、被告の費用支出の点からすれば、札幌地方裁判所で審理がなされた場合には、大きな負担となること明らかである。

4 判例によれば、①互いに遠隔の地に居住する当事者間の訴が原告の住所地の裁判所に提起された場合において、証人となるべき者の大部分が被告の住居地の裁判所に提起された場合において、証人となるべき者の大部分が被告の住所地の裁判所の管轄区域内に居住しているときは、訴訟を右裁判所に移送するのが相当であり(東京高決昭三八年四月四日東高時報一四巻四号七一頁)、②被告申請の全証人が被告の住所地の裁判所の管轄区域内に在住しているとき(福岡高決昭和二九年四月二日下民集五巻四号五一二頁)、など移送の申立を許容しているのである。のみならず、原決定は、被告が二月一七日付反論書で引用した御庁昭和四五年四月二〇日決定(下民集二一巻三・四号六〇三頁)の決定趣旨、すなわち、約款による管轄の合意につき一般契約者の利益に解釈したうえで審理をなすべき管轄地を一般契約者にとつて有利な地を容認した趣旨と相容れないものである。

三 最後に

本件は、原告が同種事件を多数(代理人が仄聞する限り一〇〇件以上)、札幌地方裁判所に提起した中の一件である。有力リース会社たる原告において、漫然とミロクとの業務提携契約にもとづいて多量の原告発行の複写式リース契約をミロクに交付せず、また、リース会社が実務上発行するリース物件の借受証の発行を被告に求めていれば、このような事故は予め防げた事案なのである。

したがつて、本件は、管轄の合意が濫用された場合といえる訴訟提起である。このような場合、その弊害を除去し、不当に不利益を受ける当事者を救済するための方法が検討されなければならない。解釈論上、これには三つの方法が考えられる。第一は、管轄の合意が文言上「専属的」と明示されていない場合に、意思解釈により付加的合意と解することによつて当事者間の不公平を是正する方法である。第二は、移送の要件の緩和ないし適用場面の拡大の方法である。第三は、専属的合意の有効性自体を否定する方法である。本件は直接には、第三の方法をとる必要がなく、原決定は一応第一の方法をとつたものと思われる。しかし、これだけでは被告は救済されない。今、求められるのは、第二の方法である。本件においてこの方法をとつたとしても前記引用判例からして唐突な結論ではないはずである。

よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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